めっちゃ貧血です。≫≫≫からの、健康体。

変だなぁ、気になるなぁとか思ったことを、ちまちまと。

やっと気持ちが落ち着いてきた。

多分なかなかの『どん底』。

普通にしてても、不図動機がしたりするけれど。

 

ただ、どん底で焦っても仕方がないとも思えるくらいになってきた。

いったんあがくのをやめて、どん底を味わってみることにする。

 

明日は月曜日。

この少しできた余裕を維持できるか。

もう少し余裕を持てるか。

もしくは、余裕がなくなるか。

どうなるかは、やってみないとわからない。

 

そう思えるだけ復活してるのかな。

日にち薬とは、よく言ったもんだわ。昔の人の経験則って素晴らしい。

 

 

今、パワハラ受けてます。盆明けた今日もウザいけど、まだ社長からの指導が効いてるのかも。

ハラスメント(Harassment)とはいろいろな場面での『嫌がらせ、いじめ』を言います。その種類は様々ですが、他者に対する発言・行動等が本人の意図には関係なく、相手を不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、脅威を与えることを指します。

 

社長から盆休み中に注意は入ったようだが、朝からクソ忙しくしてる最中に、手が及んでないところを、まるで「ミス」のようにあげつらう。

大きい声で「そこまで手が回ってません。すみません」と告げると、社長からの指導が聞いているのか、にらまれながらですが「いいですよ」の一言が出ている。

でも、なんで睨まれなアカンのか。

 

そもそも盆休み前にちゃんとチェックして、盆明け対策をも取ってないから、朝にガサっとモノが出ていくと、すぐ不足手前の状態。すでに、その時点で手抜きだと私は思ってる。それを「発注はまだですか」とか言われても、知らんがな(苦笑)。

朝からバタついとる人間捕まえて、自分のやらなあかん仕事を押し付けてくんなって思うと、もう苦笑いしか出なかった今日。

 

忙しくなると、モノの入った籠を机の上などだが、投げてくること二回。本当に下品だとおもう。こういう部分って、本当にお育ちが出ます。できる人って、そういうことはしないもの。

 

吠える奴ほど、器が小さい。これを地で行くのは結構ですけど、周りに迷惑が掛かってるわけで。本当に50も超えて、今まで何を学んで生きてきたのかと思う。

ほんまこの一年ちょっとは、そういうオッサンおばさん達の出来の悪さを見ながらの人生になっちゃった。

 

 

そして、その器の小さいおっさんは、盆明け早々、他部門の人に対しても「ミスをあげつら」ってる。そういうのを見ると、ホンマに「真正の馬鹿」としか思えない。

なんせ、自分が上になってからミスが多い!と他人を責めることだけは天下一品。でも、その恐怖政治がみんなのミスを誘発している事には全く気が付いてないのよ。

 

事務のまとめ役の子は、オッサンのお気に入りだから、それで勘違いもしてるのか、オッサン同様恐怖政治的に下の人に怒鳴ってる事が目に付くようになった。染まりやすい、つまり、自分がないんやなぁと人間観察できてしまった。ここは、とても残念。

 

 

まぁ、色々この二か月辛いこともあったけど、社長に話をしてから、ちょっとつきものが落ちた感じが自分の中でしてる。そのせいもあってか、今日は冷静に「かごを投げた時間」もチェックして、記録も済み。

 

それにしても、

ホンマおっさん、ちっさいで。

体はでかいけど、器ちっさいな。

 

あすも、そのちっささを観察してこようとおもう。

 

 

 

 

 

今、パワハラ受けてます。始まりから、盆明けまで。

ハラスメント(Harassment)とはいろいろな場面での『嫌がらせ、いじめ』を言います。その種類は様々ですが、他者に対する発言・行動等が本人の意図には関係なく、相手を不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、脅威を与えることを指します。

 

そうですね、約二か月ほどになるでしょうか。

体調も崩しました。

人生初のストレスによる広範囲湿疹というものも経験しています。

 

あれ?と思ったのは

ある時、狭い職場で「真後ろ」に立たれていて気が付かず動いたときに「痛っ!」と大きな声で言われ、その後無視が始まったところから。

 

狭い職場なので、お互い声かけあって通り過ぎたりするところなのに、まさか真後ろに人が足ったるとも思わず。

一度目は棚の下で、二回目はパソコンで確認作業をし終わって動いた後に、またしても「痛っ」と大げさに叫び、踏んだことには間違いないので謝罪したが、無視。

50も超えたええ年したオッサンがです。

 

なんだ???と思っていたら、そのあとから無視、怒鳴る、公開処刑的に謝罪させる、自分のミスかもしれないことは有耶無耶にし、モノが足らないなどが起こると人のせいなどが、どんどんエスカレート。

 

挙句、社長に私の文句を言っていたようだが、こちらは静観して、いつか終わるだろうと思っていた。

 

が、終わらず悪化の一途をたどって、こちらもストレスフルになったところで盆休み突入。

 

ここで社長と話す機会があり、現状を伝えてみた。

その時には、時間と何をされたかをもちろん記載したものを持参して。

 

初めは、私の書いたものを返してきたので、上司の方だけを信じていたようだが、どうにも私の疲れきり、以前より痩せ、言葉数が極端に少なくなっているところから、だんだんを変わってきて、「用紙をもらっていいか」と言われ、最後は「管理者として申し訳ない。怒鳴ったりする部分は、きちんと伝えてやめさせる」などの言葉をもらえた。

 

これが盆が明けた今日までのおおざっぱな出来事。

続く。。。

 

 

地球温暖化詐欺っていう動画を見た。みんな見てほしい。5分ほどだけど、文字起こし。太字だけでも読んでほしい。

youtu.be

 

字幕を写させてもらっているだけですが。

 

(文字起こし開始)

 

氷が溶けている
海面が上昇している
ハリケーンが発生している
全てあなたの責任です

恐ろしい?
ダメだ
嘘だ


私たちは理性の時代にいると思います

地球温暖化への警鐘は、科学を装っていますが
科学ではなくプロパガンダです。

 

20世紀の地球温暖化と人類が排出した温室効果ガスを関連付ける直接的な証拠はありません。

結局、嘘だったということです。

 

CO2が気候を変えているとは言えません。

そんなことは過去に一度もありませんでした。


温室効果ガスのCO2 が大気中に増加し、それから気温が上昇すると仮定しますが、

氷床コアの記録で、全く逆だとわかりました

 


つまり、人間が気候を変えているという理論の最も根本的な前提が間違っているとわかったのです。

 

 

人為的地球温暖化説は、もはや気候環境だけの理論ではありません。

それは、この時代をつかさどるモラルと政治的大儀なのです。

 


議論の時代は終わったと活動家たちは言います。
どれだけ科学的に厳密であろうと、いかなる批判も合理的であり、危険でさえあるのだと。しかし、この番組では、地球の気候は常に変動しており、現在の気温には何の変哲もないことや、人為的か否かにかかわらず、気候が二酸化炭素により変動するという見解を否定する科学的証拠を紹介します。

 

いたるところで、人為的な気候変動は、疑いの余地なく証明されていると言われています。しかし、それは嘘です。

 

地球温暖化詐欺


地球温暖化を信じないという人がいますが、私は違います。私は地球温暖化は信じていますが、人為的なCO2が原因だとは思っていません。

もし数年前に聞かれたら、私もCO2が原因だと答えたでしょう。私も一般の皆さんと同じようにメディアに耳を傾けてましたから。

 

空想的で終末論じみたニュース報道が日々増加しています。もはや政治家は気候変動に疑問を挟んだりはしません。

反対意見には非寛容的なんです。地球上で最悪の気候犯罪者は、政治的に絶対許されないことは、気候変動の正統性を疑うことです。

 

地球温暖化は政治を超えてしまいました。それは一種新しい倫理観です。首相が休暇から戻ってきました。彼は長距離旅行を恥じたり反省したりはしません。

 

人為的地球温暖化説への熱狂は、激しさを増していますが、多くの気象学者は、科学的な論拠は崩壊しているといいます。例えば歴史的には二酸化炭素量が現在の三倍から十倍あった時代もありました
もしもCO2が気候に大きな影響を与えるならば、気温復元で分かるはずです。

 

地質学的な時間概念で気候について考えれば、気候の変動の主原因はCO2だとは思わないでしょう。
ここ数千年の主な気候変動の中でCO2で説明できるものはありません。
CO2で気候が変わるとは言えません。そんなことは過去に一度もありませんでした。

 

人間が原因で気候システムに壊滅的な変化が起きているとか、何千人もの科学者が地球温暖化に致した意見を持っているとか言われていますが、それを真実だと思っていない科学者はたくさんいますし、私もその一人です。

人為的な地球温暖化というのは、通常の科学的な理論とは違います。

 

「今朝、気候変動に関する政府間パネルIPCC)が・・・」
それは大きな国際組織の承認を得て、メディアに伝えられています。国際連合気候変動に関する政府間パネル、略してIPCCです。

 

IPCCは、ほかの国連団体と同じように政治的なものです

 

最終的な結論は政治的に導かれます。
IPCCは1500-2000人の世界的な科学者で構成されていると言っていますが、名簿を見れば分かる通り、真実ではありません。
科学者以外の人がたくさんいます。


IPCC)人数を2500人まで増やすために、グループレビューや政府関係者などを受け入れ始めました。IPCCは、近づいてくる人々に賛同を求めたりはしません。

 

多くの人は反対なのです。
議論に同意せず辞めた専門家をたくさん知っていますが、執筆者リストに掲載されたままです
そして2500人の世界的な科学者の一部となっているのです

 

反対する科学者がいないのだから、あなたも反対すべきでないという人もいますが、そういう場合、科学だと言われますが、ただのプロパガンダです。


この番組で紹介するのは、どのように気候に関する理論が、政治的イディオロギーになったかという話です。(-5:38)

 

たった五分やそこらで、非常に考えさせられる動画です。

 メガソーラーの意味、考えないといけないと思います。

 

 

 

 

 

 

一歩踏み出せたら

あとは、勢いで動くのみ。

 

こわいよ、とっても。

うまくいうかもわからない。

 

でも、現状維持で

命削って疲弊するくらいなら、

怖いけど新しい道を選んでみるのもひとつ。

 

いま、そう思えたから

ちょっと、賭けに出てる。

 

そしたらね、ワクワクしてるの。

 

ワクワクしだすとね、

不思議なもんで、

「失敗したら次いけばいい」

って思えてる自分に気がついた。

 

なるよーにしかならんし、

なんとかなるのよね。

 

 

辛抱が我慢に変わった時こそ、人生の岐路かも。

こんばんわ。

 

生きるって、いろんな意味で大変です。

大人になってくると

なかなかどうして方向転換が思い切ってできないときだってあります。

 

でもね、辛抱して、頑張れるときは

時が来れば、何かしら未来に対して希望が持てる時です。

そして、実際未来が開けていくでしょう。

(なんだか、予言者みたい。。。)

 

ただ、それがいつの間にか

我慢に変わっていくときだってあります。

正直いくら丁寧に笑顔で物事を行っていても

「我慢」になってるということは

未来に希望が持てなくなったんだと思います。

 

 

辛抱:未来への希望あり。今耐え忍ぶことが、将来につながると思える。

我慢:未来への希望見えず。体を壊す予感が的中しだす。将来はみえない。

 

 

頑張ったから全てがうまくいくわけではないけど、

辛抱して頑張ったけど、どうにもうまくいかないし、

体調まで崩れてきたときは、

その環境を変えてもいいよっていう合図なのかなと

最近すごく思います。

 

 

それでも環境を変えるのは怖い。

不安だってある。

でも、でも、我慢は限界。

体が悲鳴をあげだした。

 

こうなった時には

私は「新しい人生の選択肢を探せ」の合図が来たと思って

一歩踏み出します。

そうすると、何かつかめます。

 

もう少ししたら・・・

きっと私、必ず、何かをつかみます。